石山遊歩道(背あぶり山)



H15.07.21(曇)
会津若松市の南東、背炙山せあぶりやま、 863m)には、
現在のドライブ・ウェイ(”東山サンライン”と言うらしい。私は知らなかった)を横切り
直登するような遊歩道(石山遊歩道)がある。

この遊歩道は、豊臣秀吉が会津下向時に通った 白河街道の可能性あり。
と、(私は)密かに思っている。
ので、(トレーニングを兼ねて)登ってみた。

背あぶり山
石山遊歩道
秀吉が通った
旧白河街道か?
道路地図(マピオン)
1/2.5万 地図:若松
ルート



車は、東山温泉街直前の右手の東山小学校跡(温泉旅館の駐車場でもあるが)の
奥は”松平御廟駐車場”となっているので、そこに留めると良い。

東山温泉入り口の変形十字路(奴朗ヶ前)の北東角に2軒の茶屋がある。

 お秀茶屋の東側に、左(北)に入る細い道がある。
 沿道には地蔵様もたくさんある。その道に入ってみた。
 (結果的に、この道は、街道に関係なかったかも・・・です。
  この部分のルート図は、こちら。)


 少し登って右、または、突き当たって右に曲がると・・

 ここに出る。右手は松平御廟(に続く林と道)だ。
 正面は、砂防ダムで終わってしまう。

 左に、”奥の細道”(?芭蕉は会津に来てないが)等という
 案内板と伴に幅3m程の道があるので、登ってみた。
沿道は、たくさんの野草で、花盛りだった。

 ヤマユリ(山百合)

ヤブカンゾウ(藪萱草)


オシベが花弁化した半八重咲きで、
花の形が分りにくい。
 ヒメコウゾ(姫楮)の実

  葉は薄い卵形で葉縁に鋸歯あり。、実の直径
  1.5cm。高さ5mの落葉低木。和紙の原料の
  楮は本種とカジノキの雑種。

 紅花苺も似るが、紅・・は、葉は3小葉で、もっと高山の
 水場に多い。花は下向き紅色。枝や葉に全く刺が無い。
 

ドクダミ
(毒痛、毒溜)

 言わずと知れた?日陰ならどこでも生える。

 毒痛説:殺菌・消炎・利尿効果がある。
       田舎には、今でも、愛用している
       お婆さんがいる。

 毒溜説:強い臭が、毒を溜めていると嫌われた。
       「嫁の屁」「疫病神」・・の俗名もあり。

 ダイコンソウ(大根草)
  根生葉は羽状複葉で、根元近が小さく、
  大根に似るので付いた名前。茎葉は3裂。
  花期は6〜8月。花柄は分枝する。

 よく似た”狐の牡丹”は、花期4〜7月、畦道に多く、
 根生葉は3出複葉。花柄の分枝はない?

 どちらも、緑色で球状の集合果で、オシベの部分の
 先端が曲がりズボン等にくっ付く。ダイコンソウの
 オシベの方が長い(実の径の1/2以上ある)

キンミズヒキ

オカトラノオに似て、黄色の花。
葉は細長で3出。花期は7〜10月。

道は、やがて、踏跡だけになり、
さらに、
倒木の後は、踏跡さえなかった。



ここは、街道に無関係だったかも・・・・m(_"_;)m



やむなく、車道に戻り、東山サンラインを登った。

御宿東鳳を過ぎ、3つ目の左カーブの後に、石山遊歩道の最初の入口がある。
道幅は2m弱で、良く整備してある。ここが、旧白河街道ではないだろうか?



海抜で250m弱の登り、腹部に巨大なハンディーを持つ私の足でも、
40分程で登り終えた(車道に出た)。

山頂方向は右手である。国土地理院の5万分の1地図では、ここから
2km程は、車道を歩かねばならない様だ。

実は・・・、
 車道に出て、20m程登ると、直ぐ右手に下り道がある。案内板の字が剥げ
 落ち読みづらかったが、そこが、石山遊歩道の続きの様だった。

 (後日、そこを、歩いてみた。)
 少し谷へ降りて、湿地の傍を進むと、やがて、横T字路になる。真っ直ぐの
 道は本当の道っぽいが、湿地様で、やがて、道がなくなりそうだった。
 左に曲がり、山へ登る道を選んだ。登り続けると、下の二枚目の写真の
 標識の所に出た。

 
(初回は知らなかったので) 車道を(右へ)10分程?登った。
2つ目のカーブに、石山遊歩道第三の入口がある。



道幅は1m弱と、狭くなる。
しばらくは、なだらかな登りだ。



頂上近くの最後の部分は、急な登りだった。
苦しくなった私は、
”写真撮影”という名の、小休止を取った。

 シシウド(猪独活)

  〇〇ウド、〇〇ニンジン・・・似たものが多いが、

  この花、私だと、見上げる高さに、大型ながら、
  スッキリ綺麗な花、茎が節毎に少し曲がる。
  シシウドで良いだろう。

ホタルブクロ(蛍袋)

 萼(がく)と萼がつながり、間の所が上に
 反り返っている。

 萼の反り返りのないものは、
  ヤマホタルブクロ。

程なく、車道に出る。第三の遊歩道は、30分弱の歩程だった。
車道を数分歩くと、関白平(=峠)だ。
関白平らの西側(黄金平)からは、若松市(写真上の薄水色)が良く見える。



その若松市が見える丘の上に、おけい の墓がある。

”おけい”は、戊辰時、会津藩のドイツ人軍事顧問
ヘンリー・スネルの屋敷で、お手伝いをしていた。
戊辰敗戦後、スネルは若干の会津藩士と共に、
アメリカ合衆国カリフォルニア州エルドラドに入植した。
17歳の”おけい”も同行したが、翌年には(コロニーは失敗し)、
ビーア・カンプ家の手伝いに入ったが、19歳時、高熱を出し逝去した。
入植地の見える丘に埋葬された。

昭和32年、同じ墓が、故郷・若松市の見える背あぶり山にも建てられた。

詳しくは、会津若松市公式HPのこちら。


 ママコナ(飯子菜)


  下の花弁に、白い米粒の様な斑点が2つある。
  この斑点は、盛りを過ぎると、濃い赤に変わる。
 
 ウツボグサ(靭草)

  靭:矢を入れて腰にくくりつける容器

  背あぶり山のウツボグサは、ことの他、色が濃い。




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